まえがき(と編集方針)

三省堂国語辞典」を四冊、第4版(1992年発行)から第7版(2014年発行)まで並べて読み比べているブログです。おおむね平成時代の日本語の(あるいは日本社会の)変遷が観察できるはず。

 以下、使っている辞書と、記述の形式について説明してます。

 

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あいま▶あいわす

あいま[合間] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:4

 第7版で『●合間を縫う』という慣用句の折り込み見出しが加わって、4行になった。

 

あいまい[(曖昧)] (形動ダ) 4:3, 5:4, 6:4, 7:4

 第4版では[派生]ラベルの『曖昧さ』までで項目を終えているが、第5版で『●曖昧ことば』という複合語の折り込み見出しが加わって、1行増えた。

「曖」も「昧」も2010年の改訂で常用漢字に加えられたため、第7版では×が外された。ついでに、『曖昧模糊』だけだった用例に、『責任を曖昧にする』という非常によく見られる用法が加えられた。

 

アイマス(名) 6:2, 7:2

 第6版での初出以来、変化なし。

 

あいまつ[相(×俟つ)] (自五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が外された。用例に『両々相まって』とあるんだけど、この部分、第4版では『両両あいまって』、第5・6版では『両両相まって』、第7版で上記、と、地味に表記を改めている。

 この語、用例にあるように「相まって」の形で使うのがほとんどだと思うんだけど、「三国」「新明国」は伝統的に「あいまつ」の形を見出しとして載せている。同時代の「岩国」「新選」「集英国」はおろか、古い「角川」や「辞海」でも「あいまって」を見出しにしているので、「明解」以来の独特の見出しなのかもしれない。

 

あいみたがい[相身互い・相見互い] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その31。

 

あいみつもり[相見積もり・合い見積もり] (名) 6:3, 7:4

 第6版で初出。語釈は変わっていないが、第7版で『合い見積もり』の表記が加えられたために、四行項目になった。

 

あいみ[相見る] (他上一) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が外された。

 

†アイモード[iモード] (名) 5:3, 6:2

 久々の短命見出し。第5版での初出時には、internet modeの略であるとか、「Lモード」への参照が書いてあるために堂々たる三行項目だったけど、第6版ではしっかり切り詰められた。「Lモード」は見出しにも無くなったので、それに比べれば保ったとは言える。私は「Lモード」って「三国5」で初めて知りました。

 

あいもかわらず[相も変わらず] (副) 4:3, 5:3, 6:3, 7:4

 第6版までは品詞表記が「連語」だったんだけど、第7版で「副」に改められた。と同時に、昔から用例にあった『相も変わらぬまずい料理』というのは連体詞の形になるので、その旨を明記することで齟齬が回避されている。

 

あいもり[合い盛り] (名)〘料〙7:3

 第7版で初出の、食事に関することば。なんかこれ見覚えあるな……と思って前の方を見返したら、『あいがけ』というのが全く同じように第7版で採録されていた。個人的には「盛り合わせ」は見たことも使ったこともあるけど、「合い盛り」は見たことない。これから遭遇するかな。

 

あいやど[相宿] (名) 5:2, 6:2, 7:2

 第5版での初出以来、変化なし。

 

あいよ (感)〔俗〕7:2

 第7版で大幅に増補された、感動詞というか、呼びかけ表現というか、鳴き声というか、そんな感じの言葉の一つ。

 

あいよう[愛用] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その32。

 

あいよく[愛欲] (名)〔文〕4:1, 5:2, 6:2, 7:2

 第6版まで、『(異性を)愛したいと思う欲望』という、若干の婉曲表現(愛したい≒セックスしたい)を察しないことには、「ちょっと言い換えただけじゃん」みたいなことになりかねない語釈がついていた。第7版では『(異性を)』だったところを『(性的に)』に置き換えて、語義を明瞭にするとともに、同性愛にも配慮した内容にするという、一石二鳥の改稿が施されている。うまい。ついでに用例が書き足され、〔文〕ラベルもついた。

 で、その用例が、『愛欲におぼれる・愛欲シーン〔=ベッドシーン〕』というものなんだけど、ベッドシーンのことを愛欲シーンって言う人を初めて見た。「要するにベッドシーンなんだけど、ここは台所だし、ベッドと呼ぶわけには……」的な生真面目さを感じる語である。

 

あいよつ[相四つ] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その33。

 

アイライン (名) 4:2, 5:3, 6:3, 7:3

 第4版では『目を大きく見せるために、(女の)目のまわりをふちどった線』となっていたところ、第5版で『目を大きく見せるために、(女性の)目のふちに、黒・こげ茶色などでえがいた線』と変えられた。ややジェントルになるとともに、イメージしやすい説明になったと思う。

 また、参照項目として『⇒:目張り』が付けられているんだけど、第6版で『⇒:目張り②』に改められた。『目張り』の見出しを見に行ってみると、①はすきま風を防ぐ目張り、②にアイラインの目張りという二つの意味が書かれている。『目張り』の語義分類は第4版から同じなんだけど、より明確に指定したということ。

 

あいらしい[愛らしい] (形) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは『「かわいらしい」の、文語的な言い方』という、孫引きさせる語釈だったのが、第6版で『愛情をいだかせるようすだ・かわいらしい』と、この場で説明する語釈に変えられた。ついでに『愛らしいしぐさ』という用例も加えられている。

 

アイラッシュ (名) 4:1, 5:1, 6:3, 7:3

 日本語で「アイラッシュ」と言うと、「まつげ」じゃなくて「つけまつげ」のことを指している、ということを注意するために載っている見出し。他の辞書でこれを見出しに採っているものはないので、婦人雑誌からの用例採集に定評のある「三国」ならではの見出しである。

 第6版では追い込み見出しに『●アイラッシュカーラー』が載って、3行に増量した。第7版では『ビューラー』の見出しが新たに立ったので、説明をそちらに移して、『●アイラッシュカーラー』には参照だけをつけている。

「ビューラー」の方が一般的な名称だと思っていたので、「アイラッシュカーラー」が先に拾われているのは意外であった。

 

アイリス (名)〘植〙4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その34。

 

アイリッシュ (名) 7:2

 第7版で初出。『アイルランドふう』を意味する言葉として、日本語のカタカナ語に入った、ということのようである。用例には『アイリッシュコーヒー〔=アイルランドのウィスキーを入れたもの〕』と書かれている。間違いとは言えないけど、これでは「コーヒーにアイリッシュウイスキーを入れたらアイリッシュコーヒーになる」と誤解されてしまいそうである。コーヒーの飲み方の一つというよりは、砂糖と生クリームも使う甘めのホットカクテルなので、せめて「~入れたカクテル」としておいてほしいところ。

 

アイルランド (名)〘地〙4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第4版では語義分類の①に『イギリス西方の島』、②にその島の大部分を占める共和国、となっていた。第5版から①は『イギリス本土の西方にある島』と少し詳しくされた。また、②の語釈中『首府、ダブリン』としていたところ、『首都、ダブリン』に改められた。

 第7版では国の方(②)のアイルランドの略号である『愛』というのを文末に書き足してるんだけど、そういうのを書く場所だと思って見ててもやや唐突で、アイルランド愛がほとばしったかのように見えて、なんか良い。

 

あいろ[×隘路] (名)〔文〕 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版で〔文〕ラベルが加えられた。

 

アイロニー (名) 5:2, 6:2, 7:2

 第5版での初出以来、変化なし。

 

アイロニカル (形動ダ) 5:2, 6:2, 7:2

 第5版での初出以来、変化なし。

 

アイロン (名・他サ) 4:4, 5:4, 6:5, 7:5

 ①が布にかけるアイロン、②が髪にかけるアイロン、というところは変わらないが、①の用例が『アイロン台』だけだったところ、第6版で『アイロンをかける』という動詞とのコロケーションが加えられて、一行増えた。

 第6版までは①の定義中で『~金属製で底がたいらな道具』としていたが、第7版で『~金属製で底がたいらな(電気)器具』に変えられた。今では「アイロン」というと電気器具をイメージする人がほとんどだと思うので、炭火やらストーブやらで熱して使っていた、電気以前のアイロンを思わせる以前の定義では不十分……と考えての改稿と思われる。

 この点、「新明国」では第4版で既に「〔普通は、電気アイロンを指す〕」と注記してあって、さすがにめざとい。なにしろ「三国7」から少なくとも25年も前に、「今もうアイロンっつったら電気アイロンでしょ」と気づいていたわけである。とはいえ、「~道具」と言っておいてべつに間違いでもないし、他の辞書では今でもだいたい「道具」で留めてるところなので、どことなく「新明国」に対抗すべく、遅ればせながら追随した、というような趣も感じられる。対抗というか、そのへんの機微は私にはよくわからないけど。

 第7版では②の定義の末尾に『ヘアアイロン』と加えられた。

 

あいわ[哀話] (名) 4:1, 5:1, 6:1, 7:1

 まったく変わってない項目、その35。

あいわす[相和す] (自五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が削られた。

あいば▶アイボリー

あいば[愛馬] (名)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が加えられた。

 

あいはむ[相(▷食む)] (他五)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その25。

 

アイバンク (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 語釈の末尾に『目の銀行』と書かれていたのが、第6版から『眼球銀行』に改められた。アイバンク業務を行う組織はおおむね都道府県ごとに設置されていて、たいてい「アイバンク」か「眼球銀行」を名称に入れているので、単に直訳の『目の銀行』を書いておくよりは実際的な記述と言える。原語綴りのところに書くならともかく。

 他の辞書を見てみると、「岩波」「新選」にはなくて「新明国」「集英国」には載っている、という、カタカナ語への対応の差を伺わせる語である。

 ところで、「集英国」では語釈の末尾に「角膜銀行」と書いているんだけど、これは実際にそう名乗っていた機関などがあってのことなんだろうか。というのも、この「角膜銀行」という語でGoogle検索してみても、実用例ではなく辞書の語釈に書かれているものがヒットするばかりで、どうも実際に使われていた形跡がみつからない語なんである(幽霊語の疑いがある、とでも言うべきか)。

 移植に使うのは角膜だけど、持っていくときには眼球ごと持っていくので(代わりに義眼をはめてくれる)、その点から言っても「アイバンク/眼球銀行」というべきであって、「角膜銀行」は実態に即していない。

 厚生労働省のサイト内検索(”角膜銀行” site:mhlw.go.jp)で出てきた資料を読んだところ、「角膜銀行」という言い方に否定的な文脈での言及しかなかった。今の臓器移植法の先祖に当たる法律が「角膜移植に関する法律」であったことから、提供する臓器(組織だけど)の呼び名としては「角膜」を用いる、という慣習が続いていたが、「アイバンク/眼球銀行」としての名称と業務にそぐわないからやめてくれ、という議論の上での言及である。かつてはそのような慣習のもとで、「角膜銀行」という名称を試みたこともあったのかもしれない(未確認)。しかし現在では、どの関係機関も「アイバンク/眼球銀行」と名乗っているし、ドナーカードの表記も「眼球」に改められているので、「角膜銀行」が実用の語として復活することはなさそうである。

 

あいはんする[相反する] (自サ) 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕のラベルが外された。

 

アイビー (名)〘植〙6:4, 7:8

 第6版で初出、第7版で8行にまで増えた、急成長の見出し。ツタ植物のアイビーと、追い込み項目に『●アイビーリーグ』について書いて合計4行、だったのが、第7版ではさらに4行も費やして『●アイビールック』が書き足された。ファッションとしては60年前の流行だけど、今でも業界用語にはならず、標準的なスタイルの一つとして定着して、エッセイとかで普通に(説明なく)使われる語、という印象があるので、国語辞典に採って由来を説明するタイミングとしてまことにまっとうだと思う。50年代アメリカと、それを全身に浴びた団塊世代の文化的プレゼンスの高さ、という観もないではない。なにしろ「新選」が「アイビールック」を単独で見出しに立てているくらいである。「アイビー」も「アイビーリーグ」もないのに。現代文に載るエッセイとかで拾われたんだろうか。

 ついでに他の辞書についても言うと、「岩国」では採ってなくて、「新明国」「集英国」は「三国」同様に「アイビー」以下に「―リーグ」「―ルック」を追い込み項目として挙げている。「集英国」なんかアイビーリーグの大学名をすべて列記する念の入りようである。「新明国」は「アイビー」の見出し自体は第4版からあったが、これはツタのことを言っているだけで、リーグとルックのことを載せたのは第7版が初めてだった。

 

アイピー[IP] (名)〘情〙6:11, 7:12

 第6版で初出。internet protocolについての説明が4行あって、そのあとに追い込み見出し『●IPアドレス』『●IP電話』『●IP放送』が並んでいる。第7版では『IPアドレス』の説明に『ネット上の住所に当たる』という噛み砕いた説明が書き足されたほか、子見出しにも〘情〙のラベルがいちいちついたので、全体で一行増えることになった。

「三国6」を追うように……というわけでもないだろうけど、その後改版された「新明国」「岩国」「新選」にはもれなく載っている。「集英国」は意外にも未採用。巻末の「ABC略語集」に「IP」の見出しはあるが、information provider = 情報提供者の略、ということなので、これは別人。

 

アイピーエスさいぼう[iPS細胞] (名)〘生〙7:5

 第7版で初出。情報の「IP」とは関係がないし、表記も小文字の「i」なので、当然『アイピー[IP]』以下の追い込み見出しにはならない。『Rh因子』のような、本来「R」と「h」の間に切れ目はないのに分割され、意味的に関係のない曲率の『アール[R]』以下に追い込まれてしまう程度の見出しとはわけが違うんである……というのは、当てこすりに過ぎるか。失礼しました。

 

あいびき[合い(×挽き)] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版で、表記欄に「かな書きにして(も)よい」を意味する()が加えられた。

 

あいびき[(×逢い引き)・(×媾×曳)] (名・自サ)〔古風〕4:2, 5:2, 6:3, 7:3

 第5版で、表記欄に「かな書きにして(も)よい」を意味する()が加えられた。第6版で〔古風〕のラベルが加えられたため、二文字はみ出して三行項目になった。第7版では、それまで『愛し合っている男女が』となっていたところ、『恋人(コイビト)どうしが』に改められた。「恋人」の読みがなを削れば、ついでに二行に戻せるのに……と思うけど。なんらかの内部ルール的に削れないのかな。

 

あいびょう[愛猫] (名)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その26。〔文〕も第4版からちゃんとある。

 

あいぶ[愛×撫] (名・他サ) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第6版までは、①『かわいがって、なでたりさすったりすること』②『(なでたりさすったりするようにして)深く愛すること』という二つの定義で、「母親が子どもを愛撫する」とか「飼い主が飼い猫を愛撫する」とかの意味しか載っていなかった(第6版で〔文〕のラベルがついた)。①と②の意味の差は微妙なんだけど、実際になでたりさすったりするかはともかく、常に手の届くところに置いて愛育する、というニュアンスで「愛撫」が使われていた、ということと思われる。

 ところが、第7版では①が『〔文〕かわいがって、なでたりさすったりすること』となり、②には『〔性行為として〕なでたりさすったりすること』というのが堂々登場した。もとの二つの意味の間にあった微妙な差は失われてしまったけど、「みんな大好きエロ見出し」の末席に連なることにはなったわけである。「愛撫」ご自身はこの転身をどうお感じになっているのだろうか。

 他の辞典では『性行為として』に当たるような意味を採っていないので、「三国」らしい攻めた改稿と思う……んだけど、他の辞典や「三国6」までのように、「エロ目的で引いてみたけど、エロい意味が書いてない」という風情もなかなか捨てがたいものである。「スーパー大辞林」なんか、『仁慈の政を行い人民を愛撫する』という明六雑誌からの用例を引いていて、エロ目的で「愛撫」を引いて、不意打ちでこんな立派な用例を読まされた男子中学生の心中はいかばかりか、と思う。

 

あいふく[合い服・▷間服] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その27。

 

あいふだ[合い札] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その28。

 

アイブロウ (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは『アイブラウ』が見出しで、『アイブロウ』は定義の末尾に書かれていた。が、第6版で逆転して『アイブロウ』が見出しになった。私はこういうパターンを個人的に「下剋上」と呼んでいます。第7版では『アイブロー』という表記ゆれも書き足された。

 

あいべつりく[愛別離苦・:哀=別離苦] (名)〘仏〙4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その29。

 

あいべや[相部屋] (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第5版まで表記欄に「合い部屋」とも書かれていたんだけど、第6版で削られた。ついでに『相部屋になる』という用例も加えられた。

 

あいぼ[愛慕] (名・他サ)〔文〕4:1, 5:1, 6:1, 7:2

 第7版で〔文〕のラベルが付いたことで、二文字はみだして二行項目になった。

 

あいぼう[相棒] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは、①『かごをいっしょにかつぐ相手』②『いっしょに仕事をする相手』という二つの語義分類でやっていたんだけど、第6版では『〔=かごをいっしょにかつぐ相手〕いっしょに仕事をする相手』という記述になった。元の(古い)意味を〔=~〕の形で示すやり方を適用したわけである。

 第5版というと2001年発行なわけだけど、「三国」は現代にもっとも一般に用いられる意味を①に載せる主義であることから、平成前半くらいまでの日本ではかごが一般的な移動手段だった……わけではもちろんない。「三国」初版の頃だってとっくにかごは廃れていて、②の意味で使う場合がほとんどだったはずなので、編集方針にきちんと従ってなかったやつを捕まえて手直ししたもの、と見るべきだろう。

 

あいぼし[相星] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その30。

 

アイボリー (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 ②の『象牙色』の語義について、第4版では『アイボリーホワイト』という用例を出していた。それでなんとなく白い色なんだな、と察せるようにしていたんだけど、第5版から『うすいクリーム色』とはっきり書くようになった。

あいとう▶あいのり

あいとう[哀悼] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その23。

 

あいどく[愛読] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版まで用例が『愛読者』のみだったところ、第6版で『愛読書』も加えられた。私の愛読書は「三国」です。

 

あいともなう[相伴う] (自五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が外された。

 

あいともに[相共に] (副)〔文〕 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その24。

 

アイドリング (名・自サ)  4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第6版で用例として『アイドリングストップ』が載った。

 個人的には「アイドリングストップ」の文脈ではじめて日常語になったという印象がある語なので、それ以前(平成はじめくらい)までは工学関係の専門用語であって、第5版くらいで初出かな……と思ってたら、意外にも第4版にも載っている。「新明国4」にも載っているので、あるいは分岐前からの見出しなのかもしれない。

 今のように「アイドリング」が悪者扱いされるずっと前には、「暖機運転」の意味で「アイドリング」がもっと頻繁に使われていて、そのころに採集された語なのかもしれない。「暖機運転」、今じゃ運転免許を持ってても知らない人のほうが多そうである(偏見)。

 

アイドル (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第5版までの語釈は、『①偶像』『②あこがれのまと。特に、熱狂的な人気を持つ、十代の芸能人』というものだった。これまでの記事を読んでくれている人ならだいたい想像つくと思うけど、もちろん第7版では両方とも書き換えられている。

 先に変わったのは②の方である。こちらは第6版(2008年)で改められた。当然「十代の芸能人」というところが問題視されたことによるものと思われる。アイドルを「十代の芸能人」、と言われて、すんなり納得できる人は、この平成末期にはほとんどいないんじゃあるまいか。ちょうど「三国4」から「三国5」の間にかけて、SMAPという怪物的なスター集団が革命的なブレイクスルーを成し遂げ、日本語における「アイドル」の定義を永久に書き換えてしまった。ご存知のように、平成初期くらいまでは、「アイドル」というと、10代にブレイクして、20代のうちに解散したり独立したり俳優に転身したりして、「アイドル」としての活動はしなくなってしまう、という常識があった。国民的人気を誇るスーパー・グループでも、20代を折り返す頃にはみなローラースケートを置いて、「かつてのアイドル」として第二の人生に踏み出すのが、避けられぬ通過儀礼であり、まっとうな芸能人生のように思われていた。

 しかしSMAPは、俳優をやろうがコントをやろうが料理を作ろうが女装してマヨネーズを吸おうが、アイドルとしての歩みを止めなかった。何をやっても誰からも「転身」などとは言われなかった。それがSMAPだった。SMAPはあくまでSMAPで、「アイドル」の定義なんか、SMAPの歩いた後に勝手についてくるもの、という一時代を作り上げてしまったのだ。それが平成だった。

 SMAPがその歩みを止めたときには、最年少のメンバーでさえ、40歳まで残りひと月、という年齢になっていた。そして解散後の第二の人生にあっても、彼らはある意味ではそのアイドル性をいささかも失ってなどいないのだ。ついでに言うと、彼らの活躍のおかげで、とっくにアイドルをやめて歌手とか呼ばれてたはずの人たちが、おおっぴらに「還暦を過ぎてもアイドル」みたいな言われ方をするようにさえなったと思う。「R.E.M.にさえ影響を与えたRadiohead」みたいな話ですが。

 以上のようなわけで、第6版で『アイドル②』の定義は、『あこがれのまと。特に、容姿の・かわいい(かっこいい)若い芸能人』と書き換えられた。さらに第8版では、『若い』が外されてもおかしくないのではないか、というのが私の予測である。

 ただ、「男性アイドル」の高年齢化が進んでいたのと同じ時期に、「女性アイドル」のほうはかえって低年齢化していた(それこそ「十代の芸能人」という定義がより当てはまるようになっていった)、というのも平成という時代の特色であって、「アイドル=若い芸能人か」問題は、一筋縄ではいかない。大衆に根深く残る性差別、という観点も、考慮のうちに含める必要があるだろう。でもなんか頭が痛くなってきたので、このへんでやめます。

『①偶像』のほうの問題は、これでは単に由来となった英単語(idol)の元の意味だ、というところにある。原義を先に載せるのは、「三国」のポリシーではない。その上、「偶像」を引いたらなんと書かれているのかというと、①は神像・仏像のことで、これを「アイドル」の定義として然りとするのはみうらじゅんさんのフォロワーだけだろうし、②には『崇拝・信仰やあこがれの対象となる人。アイドル』と定義されている。『アイドル』に送り返されているわけである。『あこがれの対象となる人』というのが一応説明と言えば説明だけど、これは『アイドル②』とかぶるので、『アイドル①』の説明としては不親切と言える。別に参照せよと書いてるわけではないので、『アイドル』での記述を補う項目として『偶像』の内容を書いておく責任はないわけだけど、まぁ孫引きは一般的な行為なので。

 それで第7版ではどう改められたかというと、「偶像」というのは〔〕内の原語綴りのところに収納され、①には新たに『みんなが愛する人』というシンプルかつストレートな説明が加えられた。ふだんSMAPファンでもなんでもない私でも、いざ筆が及ぶと、何か不思議な力がこもって長々と語ってしまうというこの現象に、日本語における「アイドル」の本質があるわけで、実に芯を捉えた名語釈だと思う。

 

あいなかばする[相半ばする] (自サ) 4:2, 5:3, 6:3, 7:2

 第5版では、字詰めがすこし緩やかになったためか、用例として『「功罪―」』と書いているところの略号と閉じカッコ(―」)だけが次の行に送られる、という、なんとももったいない形で3行に増えた。しかし第7版では、〔文〕が削られた影響で、再び2行に収まった。語釈には変化なし。

 

あいなめ[(×鮎▷並)・(×鮎▷魚女)] (名)〔動物〕6:3, 7:3

 第6版での初出以来変化なし。

 

あいなる[相成る] (自五)〔古風〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第6版まで〔文〕だったラベルが、第7版で〔古風〕に改められた。第7版における〔文〕の差し引きとか、〔古風〕に変わってるとことか、いちど一覧にして基準を推測しなきゃな、と思う。

 

あいなるべくは[相成る(▷可くは)] (副)〔文〕4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第7版で品詞ラベルが〔連語〕から〔副〕に変えられた。

 

あいにく[(▷生憎)] 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第6版で用例に『あいにく品切れです』というのが加えられた。それ以前からある用例は『おあいにくさま』というのなんだけど、いまの語感だと、ちょっと嫌味を込めた昔風のセリフという感じがして、せっかく載せてもらっても、扱いに困るかもしれない。昼の2時間ドラマとかでしか聞かないというか……。

 

アイヌ (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第4版では『北海道・サハリンに住む』となっていたところ、第5版から『現在、北海道に住む』に変わり、第7版では『現在、北海道を中心に住んでいる』とさらに改められた。実態に即した改稿と言える。

 第6版にだけ、『⇒:えぞ(蝦夷)』という参照が引っ張ってあるのが気になった。『蝦夷』の項目を読んでみても、アイヌについての説明があるわけではなく、①には古代の東北~北海道に住んでいた人たち(えみし)のことが書かれてあり、②には北海道の古い呼び名(えぞ)のことが書かれてるのみである。わざわざ『アイヌ』から参照をつけることによって、「アイヌ=古代蝦夷」説に寄った語釈にしていたのではないかと思われる。しかしこれは、第7版ですぐさま削除された。どうしてこんなことが起こるのか?

 歴史的経緯から言って、アイヌは国際社会のいう「先住民族」の定義に当てはまるわけだけど、古代蝦夷に関しては、日本人(とくに東北人)とアイヌにとって共通の祖先の一部、くらいが穏当な理解であると思われる。「アイヌ=古代蝦夷」説を暗示するような参照は、本州人にとってアイヌが「古代から続く全く外部の敵対集団」であるとイメージさせる、いささか不穏当な記述であると言えるので、適切な処理だと思う。

 

あいのこ[(合いの子)・(▷間の子)] (名)〔俗〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 ①に『混血(児)』を意味する『ハーフ』への参照が引いてあることでは変わらないが、『ハーフ』の方の意味分類の変更によって、従来『ハーフ③』だったものが第6版で『ハーフ②』になった。同時に〔俗〕ラベルが加えられた。

 私の語感だと、ハーフの人のことを「あいのこ」と言うのは、悪意とまでは言えなくてもやや疎外的、ぐらいのニュアンスのある言葉づかいだし、しかもひ孫がいるぐらいの年齢層の人しか使わないという感じがある。どちらかと言うと、「ラバはウマとロバのあいのこ」のように、飼育下の生物の雑種を指す語として使われるほうが一般的なんじゃないかと思う。しかし「三国」では、「雑種」と言い換えうる定義を語義分類としては立てていない。『混血(児)』という言い方に含めている、ともとれるけど。

 

あいのて[合いの手・▷間の手] (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 定義が二つあって、①が『歌と歌とのあいだをつなぐ、楽器の演奏』、②が『〔話などの〕あいだに〈入れる/はいる〉音やかけ声』というものになっている。というところまでは変わらないが、用例の『合いの手を入れる』というのが、第5版まで①の末尾に付いていたのを、第6版から②の末尾に配置を変えている。どっちの用例としてもおかしくないから、別にいいと言えば良いんだけど。『①、②…のすべてに当てはまる』を示す赤い「▷」が無いのでちょっと気になった。

『歌と歌とのあいだをつなぐ、楽器の演奏』、と言われると、なんだかギターソロを連想してしまうのは、私だけだろうか。

 

あいのり[相乗り] (名・自サ) 4:6, 5:6, 6:6, 7:5

 第6版までは、①タクシーなどの相乗り、②複数のスポンサーによる『相乗り番組』、③複数政党が支持する『相乗り候補』、④『費用を出しあって、同じ運動をすること』、という四つの定義が書かれていたが、第7版では②が廃された。いまでは複数スポンサーの番組のほうが通常で、相乗りしててもいちいち言われない、という気がするし、残すとしても④に繰り下げだったろうと思う。

 従来④だった定義(第7版の③)は、『同じ運動をする』という部分が『事業などをおこなう』と変わり、適用範囲が広げられた。『官民相乗り・相乗り番組』という用例が加えられて、もとの②の意味の痕跡を留めている。なんかいいよね、こういうの。余韻、というべきか。ついでに〔俗〕ラベルも外された。

あいたずさえる▶アイデンティティー

あいたずさえる[相携える] (自下一) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第7版で〔文〕が外された。

 

あいちゃく[愛着] (名・自サ) 4:2, 5:2, 6:3, 7:3

 第6版で『愛着がわく』という用例が加えられて、三行になった。第7版では、従来『愛情にひかれて』としていた部分を。『長いあいだ慣れ親しんで思い入れが強く』と変えている。

『愛情にひかれて』という簡潔な語釈では、それではと思って『愛情』の項目を見てみると、そこでは人間同士の愛のことを言っているので、『愛着』についても、人間同士の別れがたい気持ちを主に言うんだな、という理解になると思う。『長いあいだ慣れ親しんで』という説明に変えることによって、『愛着』という語はどちらかと言うと、長年使った持ち物について言う方が一般的だろう、という判断を反映させている、というふうに読める。「子供の頃から使ってるタオルケット」とか、一人暮らしをやめるまで持ってる人、いるよね。

『あいじゃく』という発音も併記されているんだけど、第7版で〔古風〕というラベルがついた。確かに。

 

あいちょう[哀調] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その22。なんだけど、第6版で前の見出しの『愛着』が三行になったことで、その三行目の余白に折り返して一行節約できている。4・5版では折り返してないのに、第6版だけ折り返している珍しい例。

 

あいちょう[愛鳥] (名) 4:3, 5:2, 6:2, 7:2

 第4版では①が『(野生の)鳥をかわいがること』という定義で、②には自分が飼って『かわいがっている鳥』という定義を載せている。第5版からは②が削られて、もと①の語釈だけが書かれているので一行減った。「愛鳥週間」ぐらいでしか使わないし、妥当な改稿という感じがする。

 ほかの辞典と見比べると、「岩国」「集英国」は飼い鳥の方を①にして、「愛鳥週間」で言うような意味は②としている。「新明国」は第4版までの「三国」と同じ、「新選」はいまの「三国」と同じく、飼い鳥の「愛鳥」を載せていない。

 

あいちょう[愛聴] (名)〔文〕4:3, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が加えられた。そんなこともないというか、例えば逆に第7版で〔文〕が外されている『相携える』と比べて、『愛聴』のほうが文章語かなぁと考えると、私と辞書編集者との言語環境の差を感じてしまうところである。きっと根拠になる用例があってのことだと思うけど。

 

あいつ[(:彼奴)] (代)〔男〕 4:2, 5:2, 6:2, 7:4

 第6版までは〔俗〕というラベルをつけて、第三者を指す、親しみがこもることも罵りがこもることもあるけど、いずれにせよ砕けた言い方、という意味だったが、第7版では使われ方の実相をもうすこし細かく観察したものになっている。

 定義には従来の意味の①に加えて、『②あれ』と物を指す場合もあることが書き加えられた。用例は『あいつ買おうかと思ってるんだ』というものである。私にもいずれ買おうかと思ってるあいつ(辞書)がいくつかある。

 また、文体(スピーチレベル)も修正されて、ラベルが〔男〕になるとともに、項目末尾に『▷〔若い女性がくだけて言うことがある〕』という注記が加えられている。私が想像するに、職場の会話なんかで男性が「あいつ」を使うのは、立場的にぞんざいな物言いが許されてるとか、もともとやや言葉が荒いとかの理由で許容範囲扱いされるけど、女性が「あいつ」と言ってると、くだけたムードに順応してのことであっても、やや不躾、あるいは子供っぽすぎるという印象を与える、という観察に基づいたものと思われる。「あいつ」の言い方に込められているのが親しみであっても罵りであっても、である。差別じゃないかと言われると、差別以外の何物でもないんだけど、ただ単に現状の観察として。

 他の辞書で「あいつ」の許容度の性差に言及しているものはない。一石を投じる語釈である。個人的には、「三国」が「あいつ」の性差について書かなくても良いようになればいいですね、と思う。

 

あいつぐ[相次ぐ] (自五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第七版で〔文〕が外された。これは確かに、ややかしこまった言い方だけど口語でも使うよね、と思える。

 

あいづち[相(×槌)] (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第6版で、ことばを入れるだけでなく『うなずいたりすること』も相槌、ということになった。行数据え置き。

 

あいて[相手] (名) 4:4, 5:4, 6:5, 7:6

 第5版までは、①一緒に何かをする相手、②争う相手、という二つの定義が書かれていたが、第6版で③として『商売などの対象になる人』という、一定のカテゴリを指し示す用法が書き足された(用例に『子供相手の商売』というのを挙げているので、対象となる人(たち)、と取るべきだろうと思う)

 このような、対象となる集団、という意味での「相手」を意味分類に明記しているのは「三国」だけ……と書こうとしたら、「講談国」がいち早く載せていた。「講談国」は学術文庫版でも1984年、その元の「新版」が1981年の辞書なので、これはもう恐ろしく早い。やるな「講談国」。というわけで、平成に入って「〇〇相手の商売」という用法が新しく発生したのではなく、従来からあったのに見落とされていた用法をうまく拾った例といえる。

 

イデア (名) 5:2, 6:2, 7:2

 第5版で初出……なんだけど、語釈の内容は第4版の『アイディア』にあったものを踏襲している。ただし『案』としていたところを『着想』にし、『アイデアマン』という用例も書き加えているので、二行項目になった。

 

アイディア (名) 4:1, 5:1, 6:1, 7:1

 上述のように、第4版では『アイディア』の見出しだけが立っていたが、第5版からは『アイデア』を参照する空見出しになった。

 たいていの辞書は「アイデア」と「アイディア」のどちらかを見出しに立てて、もう一方を語釈中に別表記として注記するにとどめている。意地悪い言い方をすれば、なにかと「収録語数」という数字が宣伝材料になるという辞書業界にあって、「三国」は見出し一個分得していることになる。

 しかし、現実にほぼ並行して存在している表記の、どちらか一方を見出しに立てて事足れり、とするのは、現代語の観察を理念とする「三国」の良しとすることではない、という点を、我々ユーザーは理解しなければなるまい。実際どっちも使われていて、どちらかが正しいということもないんだ、ということを、見出し一つ費やして端的に表現するのが「三国」ウェイなんである。いたずらに「語数」を増やすためのやりくちではないのだ。

 いちファンが勝手に熱弁してるだけですが。

 

アイティー[IT] (名) 5:3, 6:3, 7:3

 第5版(2001年)で初出。「新明国」は第6版(2005年)、「岩国」は第7版(2009年)で初収録なので、三者のイメージ通りのタイミングで採録された語、という観がある。

 

アイディー[ID] (名) 5:4, 6:4, 7:4

 第5版で初出。追い込み見出しに『IDカード』というのがあるんだけど、これは第4版では独立した見出しだった。先に「IDカード」の形で普及していたが、のちに「ID」だけで扱う例が増えてきた、という感じは確かにある。

 

アイティーエス[ITS] (名) 5:4, 6:4, 7:4

 第5版で初出。intelligent transport systemの略語ということで、日本の日常語に浸透しているとは言い難い気もするけど、きっと白書とかで使われてて、こりゃ載せたほうが良いな、と判断したものと思われる。

 

アイテム (名) 4:2, 5:2, 6:3, 7:3

 第6版で意味分類③に『コンピューターゲームの中で使われる武器や道具など』というのが加わって、三行項目になった。

 第4版からほぼ変わらずにある定義が、①に『項目』、②に『(衣料品などの)品目。商品』というものなんだけど、日本語の中で「アイテム」というのを項目一般を指す語として使っているかというと、やや疑問に思う。チェックリストの項目とか、会議にかける議題とかを、英語ばりに「アイテム」と呼んでる人がいたら、かなり重度のカタカナ語フリークである。「今人気のファッションアイテム」とかの言い方は全く違和感ないけど、会議の進行役が「本日のファーストアイテムは……」とか言い出したら、「ユニークな人だ」と思うんじゃないか。というわけで、「三国」が①に挙げるのにふさわしいのは『品目。商品』のほうだと思う。①に原義に近い意味を載せる方針の辞書だったら違和感ないんだけど。

 実は私が知らないだけで、「アイテム」を項目一般に使う人がいっぱいいるのかもしれない……。

 

あいてらす[相照らす] (他五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が外された。これはもちろん「肝胆相照らす」の『相照らす』で、わざわざこれを見出しにしているのは「三国」の他には「新明国」だけである。「明解」以来の見出しなのかもしれない。

 他の国語辞典にも当然「肝胆相照らす」は載っているんだけど、どれも「肝胆」内の慣用句としてである。「三国」「新明国」にももちろん『肝胆』の見出しはあって、『相照らす』からそこにリンクを張っている。この慣用句以外で「相照らす」を独立して使うとも思えないので、いささか過剰な見出しという気もする。

 それはそれとして、「相照らす」ってなんか雰囲気のいい言葉ですよね。国語辞典も何冊かを持って相照らすことで、その効用が何倍にもなる。

 

 

アイデンティティ(名) 4:3, 5:3, 6:4, 7:4

 もともとあった意味は個人としての「自己同一性」のことだけだったが、第6版で②として集団への帰属意識、という意味での用法も加えられた。『ナショナルアイデンティティ-』とかいうやつですね。

あいせつ▶あいたいする

あいせつ[哀切] (名・形動ダ)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 内容はかわらず、[派生]欄に挙げられている『哀切さ』『哀切み』というのが、第四版では『―さ』『―み』と省略して記載されてた。

 この『哀切み』という派生形、載せてるのは「三国」だけなんだけど(『哀切さ』は他の辞典にもある)、第4版からあるし、最近流行りの「―み」の多用の影響でないことは明らかである。何年後かに第8版が出たときに、「こんな最近の流行り言葉まで載せて……」と苦言しちゃう人が出ないよう、あらかじめ釘を差しておきたいところだ。まぁその頃まで「―み」が使われているかはわからないけど……(既にあまり見なくなった気もする)。

 

アイゼン (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版まで、『登山靴の底につける、鉄のとがったもの』という説明だったが、第6版で、『氷や雪の上を歩くのに使う』と書き加えられた。行数据え置き。

「三国」と「新明国」では、この語の由来をドイツ語の「Eisen(=鉄)」である、としてるんだけど、他の辞典は軒並み「Steigeisen」を載せている(訳すと「踏み鉄」といったところ)。厳密には「Steigeisen」のほうが正確なんだろうだけど、「Eisen」部分を取って略称してるんだから間違いとまでは言えない……と思う。なにより「Steigeisen」に直すと一行増えるし……。

 

あいそ[(愛想)] (名) 4:11, 5:11, 6:11, 7:10

 もともとは意味区分が三つ作られて、『①人にいい感じをあたえる応対や顔つき』『②もてなし』『③(〔「お―」の形で〕〔料理屋で〕勘定』と、やや細かめに分けられていた。第6版では③が『おあいそ②』への参照に変更され、第7版では②は①に含めてよいだろうと判断されたのか、①の定義だけを語釈に書き、②と③は削られた。『おあいそ』への参照は残されたので、③の意味がまるごとなくなったわけではない。ともあれ、これで一行ほどの節約になった。

 追い込み見出しとして、『●あいそもこそ(小想)も尽き果てる』『●あいそを尽かす』の二つの慣用句、『●愛想尽かし』『●愛想笑い』の二つの複合語が挙げられている。こちらは、漢字を開くなどの細かなもの以外は変更なし。

 

あいそ[哀訴] (名・自サ)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で、見出し語の並び順が品詞優先になったことで、名詞のみの「愛想」が自動詞でもある「哀訴」より先に書かれることになった。それ以外に特に変更なし。

 しつこいようだけど、前行折り返しの話です。第5版まで「哀訴」は「アイゼン」の次の行で、「アイゼン」の2行目にも余白があったので、ここに折り返して一行節約していた。しかし第6版では、「アイゼン」の説明がやや詳しくなったためにその余白がなくなり、折り返しができなくなってしまった。第7版では前の項目が「愛想」に変わったのと、これの10行目には多めの余白があるので、折り返しのチャンスなんだけど、残念ながら折り返し自体が廃止されてしまった。これは折り返し文化の危機である。前行折り返しの復活を求めます(哀訴)。

 

あいそう[愛想] (名) 5:1, 6:1, 7:1

『あいそ[愛想]』への参照だけの見出し。こういうのを空見出しという。

 

あいそう[愛奏] (名・他サ)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その20。

 

あいぞう[愛憎] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは『すききらい』というややカジュアルな使い方を連想する表現が語釈中に書かれていたが、第6版では外され、同じ位置に『愛とにくしみ』という読み下し語釈が書かれている。第7版では〔文〕が外されるとともに、『愛憎相半ばする』という用例が加えられた。

 

あいぞう[愛蔵] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 これも第7版で〔文〕が外された。

 

あいそく[愛息] (名)〔文〕5:2, 6:2, 7:2

「愛嬢」と同様の使い方をする、他人の息子を指す語だが、なぜか一足早く第5版から載っている(「愛嬢」は第6版から)。初出の時点で対義語として『↔愛嬢』を載せているので、存在に気づいていることは示しつつ、見出しとしては『愛息』のみを優先したということになる。

 これはいわゆる男尊女卑……というよりは、「三国」が平成時代を通じて、紙幅の制限をどんどん緩めてきたからじゃないかと思う。「新明国」に対して簡潔・小躯であることに重きをおいていたフシのある第4版までの「三国」から、版を重ねるごとに大幅に増量していって、ついに第7版ではページ数で「新明国」を凌駕するものになった。その過程で、「この語は字面から想像つくだろうし、あっちで対義語に載せてるし、見出しに立てるのはよしておこう」式の節約的傾向が捨てられたのではあるまいか。

 辞書が大きくなっていくことにはもちろんデメリットもあるわけだけど、いまの「三国」の立ち位置には、このくらいの規模がふさわしいのではないか、と私も思う。ただのいちファンが思うからって、どうということも無いですが。

 

アイソトープ (名)〘理〙4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 文面としては変わっていないけど、第4版では前行折り返しがあった。第5版で初出の「愛息」は二行目に余白がなかったのだ。

 

あいぞめ[藍染め] (名) 6:2, 7:2

 第6版で初出。一見して「藍染めする」という動詞形になりそうだし、Google検索してみても、わりにまともな(自治体公式の観光情報のページとか)用例が見つかるけど、まだ拾われてないのかな……と思って「少納言」でも検索してみたら、2例(しかも同じ書籍)しかヒットしなかった。これじゃ「他サ」をつけるには値しなさそうだ。「他サ」を付ける決断は意外と重いのだ。

 

あいた[あ(痛)] (感)〔話〕7:3

 いかにも「三国7」的な新見出し。どうせなら、③〔「あいたたた……」の形で〕いたい(痛い)④ という参照をつけてほしい気もする。遊びすぎか。しかしこの「た」を繰り返すことで程度を強める現象、国語学的にはどう説明できるんだろう。

 

あいだ[間] (名)/(接助) 4:7, 5:7, 6:7, 7:15

 第7版で大幅に増補された見出し。大きな分類はそのままで、[一]は空間的な広がり(とその派生的な意味)、[二]は文語文での接続助詞で、現代語でいう「から」とか「ゆえに」に相当する使い方になっている。

 大きく変わっているのは[一]のほうで、従来⑤までだった分類が⑦まで増やされた。新しく足されたのは⑤と⑥で、第7版の⑦は従来⑤だったもの。以上のことをふまえて、書き足された意味について具体的に見てみる。

 ⑤は『二つ(以上)のものごとの、つながり、ちがいなどが生じる場』という定義になっていて、なんだか抽象的だなと思うんだけど、用例に挙げられている『両者のに合意が成立・二人のにはかなりの年の差がある』というのを見ると、ほかの意味分類でいうような、『木々の間』とか『ページの間』の「間」とは異なることが一目瞭然である。一方で、二つ目の用例(二人の間には…)を挙げたことで、『人と人との関係。あいだがら』と定義された意味分類④との違いが、すこし不明瞭になっている。④について、特定の二人の間の親密な関係を指すことをもう少し強調した方が、意味の違いがわかりやすくなるのではないか。『二人の間を裂く』という用例で端的に示されてはいるけど。

 ⑥は『その方面。その集団』という意味で、用例は『ファンの間で話題になっている』というもの。この意味の「間」は、「新明国」では第4版(1989年)から「生徒の間で……」という用例を挙げて扱っているし、「岩国」でも第6版(2000年)から「学生の間で……」という例を用いて説明していて、「三国」が2014年の第7版に至ってやっと載せているのは、遅ればせながら、という感じが強い。「三国」こそ率先して拾ってそうな用法なんですもの。まあ、過ぎたことですけど。

 追い込み見出しに『●あいだがら[間柄]』が入っている。これは第4版以来変化なし。

 ところで、『両者の間に合意が成立・二人の間にはかなりの年の差がある』という用例、なんか週刊誌とかワイドショーみたいな雰囲気を感じませんか。気にしすぎか。

 

アイターン[Iターン] (名・自サ) 5:3, 6:3, 7:3

 第5版での初出時には、『〔俗〕自分の故郷と関係ない土地に行って職につくこと』という語釈だったけど、第6版で『〔俗〕都市部の人が地方に移り住んで職につくこと』となり、第7版で〔俗〕が外された。こういう語を真っ先に拾い、細やかに語釈をリファインしていくのはまさに「三国」の面目躍如である。他の辞典で載せているのは「新明国7」のみ。

 ちなみに第5版では参考項目に「Uターン」のみ挙げられていたが、第6版から「Jターン」も加えられた。「Uターン就職」という使い方は「岩国5」でも(用例としてだけど)載せているので、この「◯ターン」の類を各辞書がどう扱っているかというのは興味あるところである……いまは深入りしないけど。

 

あいたい[相対] (名) 5:3, 6:3, 7:3

 二人で向かいあうこと……を言うのではなく、差し向かいで『何かすること』を特に指し示す語、という語釈になっている。用例に『相対ずく〔=話し合った結果であること〕』というのが挙げられていて、この言い方に引っ張られた、やや特殊な内容のように思う。

 ただ単に向かい合う、という意味は、次の見出し『相対する』の①になっている。論理的には、『相対する』というと向かい合っているだけの場合にも使えるけど、『相対』を名詞形で扱うと、向かい合っただけで済まずに、なにか(話し合いとか)を二人で行った、という意味が必ず付随する、と言っていることになるんだけど、そんなにきっちり使い分けられているものなの? 『相対』を(名・自サ)にして、まとめてしまってもいいような気がするけど……。国語辞典難しいね。

 

あいたいする[相対する] (自サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その21。第4版以来不変の堂々たる二行項目である。この見出しを書き換えること無く温存するために、上の「あいたい[相対] (名)」を別見出しに立てた……わけではないだろうけど。

 この「相対/相対するはなんで別なの」問題、気になったので他の辞典も見比べてみると、どうも「ふたりだけで何かすること」を言う「相対」と、「①向かい合う ②対立する」という意味の「相対する」をそれぞれ別の見出しに立てるのは、全ての辞書編纂者が踏襲する、一分の隙もない完全な常識だということがわかった。「変なの……」とか思ってた私のほうが変だった。常識がなかった。すみませんでした。

「講談国」なんか、わざわざ「<「あいたい」とちがう>」という断り書きまで入れてくれている。親切なことである。この親切さというか、「講談国」の編集時点ですでに、混同する人がいるから注意しとこうね、という配慮があったことを示す処理で、なんとなく察しがついた。「相対する」というのは最初の「あ」にアクセントを置いた「相 対する」であって、「対する」という動詞に語勢を強める「あい」を乗せた言い方だから、はじめから二字熟語の「相対」とは由来が異なる全然別の語だぜ、同じ語の名詞用法と他動詞用法じゃないんだぜ、ということなんだと思われる。「新明国」のアクセント表記を見ても、「相対する」は確かに頭にアクセントがついている。「新選」でも、「あいたいする」の「あ」はしっかりと赤字になっている。

 あー、なんかスッキリした。ありがとう「講談国」。

 

***

 

 辞書をずっと読んでると、字面が同じだとつい同じ語だという予断をもってしまうので、これからは注意していきたい。具体的には音読して確かめていきたい。そうなると、「三国」にはアクセント表記がないのが痛いところだ……。や、別にいらないけど。「新明国」と「新選」を見ますので。

 

 ところで「新選」といえば、最新版になっても「靉靆」を見出し語に載せてるの、渋すぎないですか。

あいしょう▶あいせき

あいしょう[相性・合い性] (名) 4:2, 5:2, 6:4, 7:4

 第4版では『男女の気性がうまくあうこと』というかなり切り詰めた語釈で、それじゃあ合わない場合には「相性」を使わないのか、と思うのだけど、その点は用例に『相性が悪い』と書くことでフォローしている。第5版では『(男女の)』とカッコ書きにされて、人間関係一般に使われることを端的に示唆するにとどめたが、第6版では二つの意味に分類し、①を『男女の気性がうまく合うかどうか』、②は(男女に限らず)『人と人、人と物などの関係が、しっくりいくかどうか』と説明している。

 電子部品のたぐいなど、物と物との間にも「相性」という語を使うと思うんだけど、その意味を採っている辞書はないか……と探したところ、「集英国」は語釈中に明記、「新明国」ではやけに人間味のある用例で示唆していた。あえて引用はしないので、手にとって確かめてください。

 あと、他の辞典は軒並み「陰陽五行説で……」みたいな説明を始めてて、その点に触れない「三国」は例外である。卜占の類にはドライなんだろうか。

 

あいしょう[愛×妾] (名)〔文〕7:2

 第7版で初出。とはいえ「角川」「新選」「岩国」「集英国」と、他の小型辞典はだいたい載せている。しかし他の辞書では『気に入りのめかけ(岩国)』式の一行項目になっているところ、「三国7」は後追いの引け目を拭い去るためか、『法皇の愛妾』なとどいうドギツい用例をブッ込んでいる。ボルジアか。

 

あいしょう[哀傷] (名・他サ)〔文〕5:3, 6:3, 7:3

 第5版で初出。第6版で語釈中の『悲しみ』が『かなしみ』と開かれ、第7版で〔文〕がつけられた。

 

あいしょう[愛称] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その18。

 

あいしょう[愛唱] (名・他サ)

 第5版、第6版では〔文〕がついていたが、第7版では外されている。それとともに、『愛唱歌』だけだった用例が書き足され、『私の愛唱歌・世界の愛唱歌』という、年末のBSの歌番組のタイトルみたいな感じになった。「青い山脈」とか「峠の我が家」とか聞こえてきそうである。どちらかというと「新明国」のようなジューシーな用例と思う。

 

あいしょう[愛誦] (名・他サ)〔文〕

 第5版で〔文〕がついた。他の辞典では「愛唱」の別表記、あるいは漢字を変えて書く意味分類②になっている場合が多い。

 

あいじょう[哀情] (名)〔文〕4:1, 5:1, 6:1, 7:1

 第7版で〔文〕がついた。

 

あいじょう[愛情] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは意味分類②に『異性を恋いしたう感情』と書かれていたんだけど、第6版では外されて、異性愛としての要素は『夫婦の愛情』という用例にわずかに残されることになった。確かにいまの語感だと、いわゆる恋愛感情を「愛情」とよぶのはそぐわない感じがある。恋愛感情とは関係なく(あるいはそれが終わった後で)育まれるものこそ愛情、というのがコンセンサスになってるのではあるまいか。

 

あいじょう[愛嬢] (名)〔文〕6:2, 7:2

 第6版で初出。『かわいがっている娘。(他人の娘について言う)』という語釈になっているんだけど、カッコの中の注記を含めても、「ご愛嬢」という形で「他人が(親として)かわいがっている娘」を指す語として使われることがわかりにくいんじゃないか。「自分がかわいがっている他人の娘」に対して「私の愛嬢の……」とか言い出したら、えっ、って思われると思う。そうでもないのかな。

 

あいじるし[合い印] (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 まったく変わってない項目、その19。

 

あいじん[愛人] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは、『①恋愛をする相手の人。こいびと』と『②「情婦」「情夫」の新しい言い方』というかたちで、通常の『恋人』の意味も載っていた(この意味は他の国語辞典には今もある)。が、この①はもはや古びたと判断されて、第6版で削られ、②に現代的なニュアンスを加味した『世間ではみとめられないような、ひそかな恋愛の相手』を指すのが「愛人」の意味である、ということになった。

 第7版でも再び改稿されたが、『夫や妻以外で恋愛関係にある相手』というもので、やや後ろ暗い雰囲気は減ぜられている。『世間ではみとめられない』と、いくらなんでも辞書にまで言われる筋合いもないだろう、という気はする。不倫関係であることをはっきり指摘している点で、第7版のほうが手厳しいという感じもあるが……と、あまり深く追求するのはやめておこう。

 

アイシング (名・他サ) 7:4

 第7版で初出。お菓子のアイシングが①、筋肉を冷やすのが②になってます。

 

あいす[愛す] (他五) 4:3, 5:3, 6:3

 第6版までは立っていた見出し。といっても、その意味には『愛する』とだけ書かれていて、別の見出し『あいする[愛する] (他サ)』の内容に準じるということだけが示されていた。他の情報としては、可能動詞『愛せる (自下一)』と、複合語の追い込み見出し『●愛すべき (連語)』が書かれていたんだけど、『愛せる』は『あいする』の見出しの下に置かれ、『愛すべき』は見出し語として独立させられて、第7版にも残っている。

 

アイス (名) 4:19, 5:22, 6:20, 7:21

 たくさんの追い込み項目を抱える巨大見出し。まず『アイス』の語釈について言うと、第4版では用例に『アイスコーヒー・アイスティー』と並べられていたのが、第5版で『アイスティー』だけに減らされた。

 追い込み項目の消長について、載ってる版の数字を一覧表にすると、

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……ということで、第5版で『アイスコーヒー』がいち用例から追い込み見出しに出世すると共に『アイスピック』が現れて、第6版で追いかけるように『アイスペール』も足されたが、その影で『アイスケーキ』がひっそりと退場した……ということです。以下、見比べていて気づいた点を列記。

・第5版までは『アイスキャンデー』だった。

・『アイスケーキ』というのは、もちろんアイスクリームを材料にしたケーキのことも載ってるんだけど、定義①が『牛乳の脂肪分が三%以下のアイスクリーム』となっている。いまでいうラクトアイスのことを、昔は『アイスケーキ』と言ってたのかな?

・『アイスバーン』はもともとスキー場などの雪面が氷で覆われてる状態を言う語だった。それが転じて、ツルツルに凍った路面(車道)をも言うようになったわけである。この用法が明記されたのは第6版がはじめてで、他にこの意味の『アイスバーン』が載っているのは「岩国7」だけ。他の辞典は(追い込み項目のルールのために)『アイスバーン』を独立した見出しにまで立てているが、路面のことは書いていない。

・第7版の『アイスホッケー』には『アイホケ〔文〕』という略称が書かれてるんだけど、一体どこから拾ってきたんだ……。しかも〔文〕て……。

 

あいず[合図] (名・自サ) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第6版で、『目で合図をおくる』という用例が書き加えられた。『アイコンタクト』の収載と同時である。

 

あいすべき[愛すべき] (連語) 7:2

 上述(†あいす)の理由により、いまはなき『愛す』の折り込み見出しという立場から独立を果たした語。ついでに〔文〕も外された。

 

アイスランド (名) 4:2, 5:2, 6:3

 みんな大好き、ビョークシガー・ロスアイスランド。第6版までは載っていたんだけど、やや百科語の傾きがあると判断されたのか、第7版では見出しから外された。

 他の辞書について言うと、こういうのは「集英国」や「新選国」には載るが、「新明国」「岩国」には載らない。ストイックな「国語辞典」であるからして、この手の固有名詞の優先順位は低めなんである。我らが「三国」も、現代日常語をくまなく採集するためには、このような固有名詞を載せている紙幅がもったいない、と思ったものと思われる。

 

あいする[あいする] (他サ) 4:4, 5:4, 6:4, 7:4

 上述(†あいす)の理由により、『愛す』の見出しから可能動詞の『愛せる』を引き取った。それ以外は変更なし。

 

あいせき[相席・合い席] (名・自サ) 4:2, 5:2, 6:3, 7:3

 第6版で品詞欄に『自サ』が加わったため、末尾二文字が次の行に出て三行項目になってしまった。ついでに、語釈中『よその客』となっていたのが『ほかの客』に改められた。確かに「よそ」って昔より使わなくなったような気がする……。

 

あいせき[哀惜] (名・他サ) 4:2, 5:3, 6:3, 7:3

 第5版で『哀惜の念にたえない』という用例が書き加えられて三行になった。第7版で削られるまでは〔文〕がついていた。

 

あいせき[愛惜] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは『おしがること。なごりおしさ』とだけ書かれていたが、第6版から②に『たいせつに愛すること』という意味が加えられた。定義だけだとわかりにくいので用例も引用すると、①が『愛惜の情』、②が『愛惜の品』ということなので、①は人に関して、②は物に関して言っているから分けられているのかな、というふうに思える。

 ところが、他の辞典を引いてみると、「新選」「岩国」は物について使う語としていて、「集英国」「新明国」は主に物だが人にも使う、ととれる説明になっている。ということは、「三国」が①を人に対して使う場合、②を物に対して使う場合、としているとしたら、どちらかと言うと人について言う方が一般的、と考えているわけで、真っ向から対立することになる。

 そう思いながら、この①を再びよく読むと、別に物に対して言っていてもおかしくない文章だなと思えてくる。『おしがる』のはむしろ物っぽいぞ。『なごりおしさ』だって人に使うとはかぎらないだろう。『愛惜の情』という用例も、例えば使い古した万年筆とかについて言ってるようにも思えるし……とか考えていると、①と②を分割している事自体がナンセンスなのではないか、という考えが頭をもたげてくる。大切に愛して(使って)いたから、その物を惜しがるのではないのか。

「三国」のそっけないくらいに簡潔な語釈のせいで、『愛惜』の意味するところについて深く考え込んでしまった。

あいくるしい▶あいしょ

あいくるしい[愛くるしい] (形) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第5版までは、子どもなどの見た目について使うことになっていたが、第6版からは、しぐさについても使う語に改められた。第6版までは、[派生]欄の『愛くるしげ』『愛くるしさ』にも品詞表記が付いていたんだけど、第7版では外されてしまった。

 

あいけん[愛犬] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 『愛犬家』という用例の「家」のところに「(カ)」と読み仮名が振られていたのが、第7版で削られた。

 

あいこ[(相子)] (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 表記欄の()は、第5版からついたもの。平成初年ごろまでは「相子」と漢字で書くほうが一般的だった……とも思えないので、これは言葉の変化ではなくて、単なる直し。

 ところでこの漢字表記、「岩国」なんか載せてもいないし、私も見たことない。「これでお相子だ」と書いてあったらまあ察しはつくけど……と、思いながら、「新潮現」を開くと「(ヘボン)」と書いてあるので、じゃあヘボンに載ってるのか……と、思いながら、Google Booksで落とした「和英語林集成」を見るも、漢字表記は載ってなかった(「言海」には見出しもなし)。「辞海」には既に「相子」表記があるので、昭和初年までのいずれかの辞書が漢字表記を載せて、みなそれに倣ったものの、「岩国」は「ないでしょ……」と言っている、という状況と思われる。だいぶ不徹底な引き比べからの予想なのでアレだけど、これ以上の追求は私の手に余る。

 まぁ「三国」に書いてあるくらいだし、あっさり戦後の実用例が出てきそうだけど……。

 

あいこ[愛顧] (名・他サ)〔文〕4:2, 5:2, 6:3, 7:3

 第6版で、『〔ひいきにされるがわが使う〕』という注記が加えられた。

 

あいご[愛護] (名・他サ)

 第5版まで用例に『資源愛護』と書かれていたところ、第6版から『水資源の愛護』に改められた。おなじ「資源愛護」でも、水じゃなく「地下資源の愛護」だとやや違和感があるので、「水資源」に絞るのは納得できる。

 この「愛護」、大抵の辞書では「動物愛護」が用例に挙げられている。語釈にも「かわいがって守る」という意味が書いてあって、無生物に使うのはやや例外的な語、ということが言外に示されているものと言える。しかしこの、「かわいがって」という親密なニュアンスが「愛護」にあるかというと、ちょっと疑問に思う。「愛」という文字に「かわいがる」という意味があるのはわかるけど、「愛護」と熟語にすると、行政やNGOがその取り組みの中で用いる、半ば義務的に大切にする行為、というイメージが強い。「動物愛護」という用例をとっても、個人が特定のペットに向けるような「かわいがる」の親密な雰囲気からは、やや離れているように思う。「史料を愛護的に扱うこと」のように、「大切に」というところの語気を強めた表現というか。

 ちなみに、無生物への「愛護」を用例で示しているのは、「三国」の他に「新明国」の「国語の愛護」、「講談国」の「山林愛護」だけだった。「国語の愛護」、というのはすごいね。

 

あいこう[愛校] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第6版から前の行への折返しがなくなって、一行損している。これは段の先頭の見出しになってしまったために、物理的に折り返せなくなったという理由による。しかし第7版は段の先頭でもないし、前の行に余裕もあるので、折り返していても良さそうなものだけど……と、思ったら、どうもこの方法、第7版では全廃されてるようである。平成時代を通じて、「三国」では前後の行に下付きで続きを書いて行を節約するテクニックが、段階的に廃された。そういえば、他の辞典でも最近のだとあまり見ない気がする。あれ好きなので、なくなってしまうとしたら残念なことである。

 次の項目の『あいこう[愛好]』が、第6版までは『あいこう[愛校]』より先に書かれていた。漢字表記の二文字目の画数が少ないのは「愛好」のほうなので、どうして変わったのかちょっと考えてしまったけど、「愛好」の品詞が『(名・他サ)』なので、見出しの並び順のルールを「二文字目の画数→品詞」から品詞優先に変えため、と思われる。「愛好」も名詞だけど、他動詞でもあるので、名詞のみの「愛校」よりは後に置かれる。いちいち文章にするまでもないなこれは。

 

あいこう[愛好] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その13。見出しの並び順の変更はノーカンです。

 

あいこく[愛国] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その14。

 

あいことなる[相異なる] (自五)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が加えられた。第6版までは前行折り返しがあった(つい注目してしまう)。

 

あいことば[合い(言葉)] (名) 4:3, 5:3, 6:4, 7:4

 第5版で表記欄の「言葉」に()がつけられた。また、第5版までは、意味区分②が『多くの人が申しあわせたようにくり返す、共通のことば』という、一般的な流行語というか、「時代の合い言葉」というときのような「合い言葉」だったが、第6版の②は『仲間としての主張や目標としてかかげることば。モットー。スローガン』という、特定の集団が使う「合い言葉」になった。平成とは、大衆が細分化されていく時代だったのだ。

 

アイコン (名)〘情〙 5:3, 6:3, 7:3

 第5版での初出時には、『コンピューターを操作するためのコマンドを、画面上にわかりやすい絵などの形で整理して示したもの』というややぎこちないものだったけど、第6版では『〔コンピューターの画面で〕クリックすると、ファイルが開いたり、プログラムが実行されたりする、絵や図形』というスッキリとした説明になっている。なんでスッキリしているかというと、「行動→結果」という構文になっているからである。「クリックする」という動詞が使えてることも大きいと思う。GJ「三国6」。

 例えばスティーブ・ジョブズみたいな人を指して、「時代のアイコン」というような用法もけっこう普及しているように思うけど、いまのところどのどの辞典でも未採用(コトバンクの「デジタル大辞泉」には載ってた)。例の「三現国6」には載ってそうだけど(未確認)……。

 

アイコンタクト (名) 6:3, 7:3

 第6版での初出以来、変更なし。 

 

あいさい[愛妻] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で、語釈中に「妻」という漢字が使われるようになるとともに、用例の「愛妻家」に「(カ)」と読み仮名が付いていたのがなくなった。

 

あいさつ[(挨拶)] (名・自サ) 4:10, 5:10, 6:10, 7:9

 2010年の常用漢字の改定で「挨」「拶」が加えられたため、第7版で記号(×)が外された。それ以外にも、記述の細かい整理や読み仮名の排除によって地味にスリム化され、内容は据え置きのまま、9行に収まる項目になった。

 

あいし[哀史] (名)〔文〕4:1, 5:1, 6:1, 7:1

 まったく変わってない項目、その15。

 

あいじ[愛児] (名)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が加えられた。

 

あいしあう[愛し合う] (自五) 7:2

 第7版で初出。意味分類①の『おたがいに愛する』だけだと、構成成分から意味が自明な複合語、ということになるんだけど、②として『性的にまじわる』が書かれていて、むしろこっちの意味のために見出し化したのではないかと思われる。このやや婉曲的な表現の意味を知れるのは「三国」だけ、という状況なので。

 

アイシー[IC] (名) 4:2, 5:4, 6:11, 7:12

 改版ごとに大幅に増量していて、平成期を通じて加速度的に多用されるようになった語であることがわかる。第4版では「集積回路 integrated circuit」の略語であることが示されるのみだったが、第5版で「ICカード」の追い込み項目が追加され、第6版で「ICタグ」と「ICレコーダー」が加えられた。第7版で一行増えているのは、追い込み項目にもそれぞれ原語綴り(〔IC card〕、とか)がつけられたため。ついでにと言ってはなんだけど、「ICレコーダー」の別名(ボイスレコーダー)も書き足された。「ボイスレコーダー」の方が言うよね。つい「テープレコーダー」と呼んでしまう人もいるのではないかと推察する。

 

アイシービーエム[ICBM] (名)〘軍〙6:4, 7:4

 第6版での初出時には、射程距離を書くのに『五千五百キロメートル以上の…』としていたが、第7版で『五五〇〇キロメートル以上の…』に改められた。

 

アイシーユー[ICU] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その16。

 

アイシェード (名) 5:2, 6:2, 7:2

 いわゆるサンバイザー。第5版で初出。

 

あいしゃ[愛社] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その17。

 

あいしゃ[愛車] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版までは『①自分の車(=自動車)をだいじにすること。②愛用の車(=自動車)』と、愛でる行為が先に書かれていたが、第6版で『①愛用の自動車。②自分の自動車をだいじにすること』と逆転し、ついでに「車(=自動車)」というまわりくどい書き方も改められた。

 余談だけど、ロードバイクも「愛車」であって「愛輪」と言ったりはしないので、「愛車」が自動車に限定されていることについては異議を唱えたい(机までは叩かないけど)。「新選」なんかは「自動車や自転車」とわざわざ書いてくれているので、自転車乗りは「新選」を買おう。「新選」には「愛車を磨く」という妙に生々しい用例も載ってて、「最近磨いてますか?」と問われてる気持ちになる。「三国」の用例なんか「愛車精神」となっていて、まぁ言えなくもないだろうけど、「精神」をつけるのはどっちかというと「愛社」のほうだろう、という気がする。

 

アイシャドー (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第6版までの語釈は『まぶたに塗る(青色・灰色などの)けしょう品』というものだったが、第7版では『目のまわりにかげや色をつける、けしょう品』に改められた。かなり濃い青色・灰色のことをイメージして書いたんだろうけど、「(青色・灰色)」と言われると、いささか不意を突かれたような気持ちになる。

 

あいしゅう[哀愁] (名)4:1, 5:1, 6:2, 7:2

 第5版までの用例は『ほのかな哀愁』で止められていたんだけど、第6版で『ほのかな哀愁がただよう』に改められた。ただよわせちゃったよ。一行増やしてまで……。

 

あいしょ[愛書] (名)〔文〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が加えられた。