あいたずさえる▶アイデンティティー

あいたずさえる[相携える] (自下一) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第7版で〔文〕が外された。

 

あいちゃく[愛着] (名・自サ) 4:2, 5:2, 6:3, 7:3

 第6版で『愛着がわく』という用例が加えられて、三行になった。第7版では、従来『愛情にひかれて』としていた部分を。『長いあいだ慣れ親しんで思い入れが強く』と変えている。

『愛情にひかれて』という簡潔な語釈では、それではと思って『愛情』の項目を見てみると、そこでは人間同士の愛のことを言っているので、『愛着』についても、人間同士の別れがたい気持ちを主に言うんだな、という理解になると思う。『長いあいだ慣れ親しんで』という説明に変えることによって、『愛着』という語はどちらかと言うと、長年使った持ち物について言う方が一般的だろう、という判断を反映させている、というふうに読める。「子供の頃から使ってるタオルケット」とか、一人暮らしをやめるまで持ってる人、いるよね。

『あいじゃく』という発音も併記されているんだけど、第7版で〔古風〕というラベルがついた。確かに。

 

あいちょう[哀調] (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その22。なんだけど、第6版で前の見出しの『愛着』が三行になったことで、その三行目の余白に折り返して一行節約できている。4・5版では折り返してないのに、第6版だけ折り返している珍しい例。

 

あいちょう[愛鳥] (名) 4:3, 5:2, 6:2, 7:2

 第4版では①が『(野生の)鳥をかわいがること』という定義で、②には自分が飼って『かわいがっている鳥』という定義を載せている。第5版からは②が削られて、もと①の語釈だけが書かれているので一行減った。「愛鳥週間」ぐらいでしか使わないし、妥当な改稿という感じがする。

 ほかの辞典と見比べると、「岩国」「集英国」は飼い鳥の方を①にして、「愛鳥週間」で言うような意味は②としている。「新明国」は第4版までの「三国」と同じ、「新選」はいまの「三国」と同じく、飼い鳥の「愛鳥」を載せていない。

 

あいちょう[愛聴] (名)〔文〕4:3, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が加えられた。そんなこともないというか、例えば逆に第7版で〔文〕が外されている『相携える』と比べて、『愛聴』のほうが文章語かなぁと考えると、私と辞書編集者との言語環境の差を感じてしまうところである。きっと根拠になる用例があってのことだと思うけど。

 

あいつ[(:彼奴)] (代)〔男〕 4:2, 5:2, 6:2, 7:4

 第6版までは〔俗〕というラベルをつけて、第三者を指す、親しみがこもることも罵りがこもることもあるけど、いずれにせよ砕けた言い方、という意味だったが、第7版では使われ方の実相をもうすこし細かく観察したものになっている。

 定義には従来の意味の①に加えて、『②あれ』と物を指す場合もあることが書き加えられた。用例は『あいつ買おうかと思ってるんだ』というものである。私にもいずれ買おうかと思ってるあいつ(辞書)がいくつかある。

 また、文体(スピーチレベル)も修正されて、ラベルが〔男〕になるとともに、項目末尾に『▷〔若い女性がくだけて言うことがある〕』という注記が加えられている。私が想像するに、職場の会話なんかで男性が「あいつ」を使うのは、立場的にぞんざいな物言いが許されてるとか、もともとやや言葉が荒いとかの理由で許容範囲扱いされるけど、女性が「あいつ」と言ってると、くだけたムードに順応してのことであっても、やや不躾、あるいは子供っぽすぎるという印象を与える、という観察に基づいたものと思われる。「あいつ」の言い方に込められているのが親しみであっても罵りであっても、である。差別じゃないかと言われると、差別以外の何物でもないんだけど、ただ単に現状の観察として。

 他の辞書で「あいつ」の許容度の性差に言及しているものはない。一石を投じる語釈である。個人的には、「三国」が「あいつ」の性差について書かなくても良いようになればいいですね、と思う。

 

あいつぐ[相次ぐ] (自五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第七版で〔文〕が外された。これは確かに、ややかしこまった言い方だけど口語でも使うよね、と思える。

 

あいづち[相(×槌)] (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第6版で、ことばを入れるだけでなく『うなずいたりすること』も相槌、ということになった。行数据え置き。

 

あいて[相手] (名) 4:4, 5:4, 6:5, 7:6

 第5版までは、①一緒に何かをする相手、②争う相手、という二つの定義が書かれていたが、第6版で③として『商売などの対象になる人』という、一定のカテゴリを指し示す用法が書き足された(用例に『子供相手の商売』というのを挙げているので、対象となる人(たち)、と取るべきだろうと思う)

 このような、対象となる集団、という意味での「相手」を意味分類に明記しているのは「三国」だけ……と書こうとしたら、「講談国」がいち早く載せていた。「講談国」は学術文庫版でも1984年、その元の「新版」が1981年の辞書なので、これはもう恐ろしく早い。やるな「講談国」。というわけで、平成に入って「〇〇相手の商売」という用法が新しく発生したのではなく、従来からあったのに見落とされていた用法をうまく拾った例といえる。

 

イデア (名) 5:2, 6:2, 7:2

 第5版で初出……なんだけど、語釈の内容は第4版の『アイディア』にあったものを踏襲している。ただし『案』としていたところを『着想』にし、『アイデアマン』という用例も書き加えているので、二行項目になった。

 

アイディア (名) 4:1, 5:1, 6:1, 7:1

 上述のように、第4版では『アイディア』の見出しだけが立っていたが、第5版からは『アイデア』を参照する空見出しになった。

 たいていの辞書は「アイデア」と「アイディア」のどちらかを見出しに立てて、もう一方を語釈中に別表記として注記するにとどめている。意地悪い言い方をすれば、なにかと「収録語数」という数字が宣伝材料になるという辞書業界にあって、「三国」は見出し一個分得していることになる。

 しかし、現実にほぼ並行して存在している表記の、どちらか一方を見出しに立てて事足れり、とするのは、現代語の観察を理念とする「三国」の良しとすることではない、という点を、我々ユーザーは理解しなければなるまい。実際どっちも使われていて、どちらかが正しいということもないんだ、ということを、見出し一つ費やして端的に表現するのが「三国」ウェイなんである。いたずらに「語数」を増やすためのやりくちではないのだ。

 いちファンが勝手に熱弁してるだけですが。

 

アイティー[IT] (名) 5:3, 6:3, 7:3

 第5版(2001年)で初出。「新明国」は第6版(2005年)、「岩国」は第7版(2009年)で初収録なので、三者のイメージ通りのタイミングで採録された語、という観がある。

 

アイディー[ID] (名) 5:4, 6:4, 7:4

 第5版で初出。追い込み見出しに『IDカード』というのがあるんだけど、これは第4版では独立した見出しだった。先に「IDカード」の形で普及していたが、のちに「ID」だけで扱う例が増えてきた、という感じは確かにある。

 

アイティーエス[ITS] (名) 5:4, 6:4, 7:4

 第5版で初出。intelligent transport systemの略語ということで、日本の日常語に浸透しているとは言い難い気もするけど、きっと白書とかで使われてて、こりゃ載せたほうが良いな、と判断したものと思われる。

 

アイテム (名) 4:2, 5:2, 6:3, 7:3

 第6版で意味分類③に『コンピューターゲームの中で使われる武器や道具など』というのが加わって、三行項目になった。

 第4版からほぼ変わらずにある定義が、①に『項目』、②に『(衣料品などの)品目。商品』というものなんだけど、日本語の中で「アイテム」というのを項目一般を指す語として使っているかというと、やや疑問に思う。チェックリストの項目とか、会議にかける議題とかを、英語ばりに「アイテム」と呼んでる人がいたら、かなり重度のカタカナ語フリークである。「今人気のファッションアイテム」とかの言い方は全く違和感ないけど、会議の進行役が「本日のファーストアイテムは……」とか言い出したら、「ユニークな人だ」と思うんじゃないか。というわけで、「三国」が①に挙げるのにふさわしいのは『品目。商品』のほうだと思う。①に原義に近い意味を載せる方針の辞書だったら違和感ないんだけど。

 実は私が知らないだけで、「アイテム」を項目一般に使う人がいっぱいいるのかもしれない……。

 

あいてらす[相照らす] (他五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が外された。これはもちろん「肝胆相照らす」の『相照らす』で、わざわざこれを見出しにしているのは「三国」の他には「新明国」だけである。「明解」以来の見出しなのかもしれない。

 他の国語辞典にも当然「肝胆相照らす」は載っているんだけど、どれも「肝胆」内の慣用句としてである。「三国」「新明国」にももちろん『肝胆』の見出しはあって、『相照らす』からそこにリンクを張っている。この慣用句以外で「相照らす」を独立して使うとも思えないので、いささか過剰な見出しという気もする。

 それはそれとして、「相照らす」ってなんか雰囲気のいい言葉ですよね。国語辞典も何冊かを持って相照らすことで、その効用が何倍にもなる。

 

 

アイデンティティ(名) 4:3, 5:3, 6:4, 7:4

 もともとあった意味は個人としての「自己同一性」のことだけだったが、第6版で②として集団への帰属意識、という意味での用法も加えられた。『ナショナルアイデンティティ-』とかいうやつですね。