あいとう▶あいのり

あいとう[哀悼] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その23。

 

あいどく[愛読] (名・他サ) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第5版まで用例が『愛読者』のみだったところ、第6版で『愛読書』も加えられた。私の愛読書は「三国」です。

 

あいともなう[相伴う] (自五) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第7版で〔文〕が外された。

 

あいともに[相共に] (副)〔文〕 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 まったく変わってない項目、その24。

 

アイドリング (名・自サ)  4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第6版で用例として『アイドリングストップ』が載った。

 個人的には「アイドリングストップ」の文脈ではじめて日常語になったという印象がある語なので、それ以前(平成はじめくらい)までは工学関係の専門用語であって、第5版くらいで初出かな……と思ってたら、意外にも第4版にも載っている。「新明国4」にも載っているので、あるいは分岐前からの見出しなのかもしれない。

 今のように「アイドリング」が悪者扱いされるずっと前には、「暖機運転」の意味で「アイドリング」がもっと頻繁に使われていて、そのころに採集された語なのかもしれない。「暖機運転」、今じゃ運転免許を持ってても知らない人のほうが多そうである(偏見)。

 

アイドル (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第5版までの語釈は、『①偶像』『②あこがれのまと。特に、熱狂的な人気を持つ、十代の芸能人』というものだった。これまでの記事を読んでくれている人ならだいたい想像つくと思うけど、もちろん第7版では両方とも書き換えられている。

 先に変わったのは②の方である。こちらは第6版(2008年)で改められた。当然「十代の芸能人」というところが問題視されたことによるものと思われる。アイドルを「十代の芸能人」、と言われて、すんなり納得できる人は、この平成末期にはほとんどいないんじゃあるまいか。ちょうど「三国4」から「三国5」の間にかけて、SMAPという怪物的なスター集団が革命的なブレイクスルーを成し遂げ、日本語における「アイドル」の定義を永久に書き換えてしまった。ご存知のように、平成初期くらいまでは、「アイドル」というと、10代にブレイクして、20代のうちに解散したり独立したり俳優に転身したりして、「アイドル」としての活動はしなくなってしまう、という常識があった。国民的人気を誇るスーパー・グループでも、20代を折り返す頃にはみなローラースケートを置いて、「かつてのアイドル」として第二の人生に踏み出すのが、避けられぬ通過儀礼であり、まっとうな芸能人生のように思われていた。

 しかしSMAPは、俳優をやろうがコントをやろうが料理を作ろうが女装してマヨネーズを吸おうが、アイドルとしての歩みを止めなかった。何をやっても誰からも「転身」などとは言われなかった。それがSMAPだった。SMAPはあくまでSMAPで、「アイドル」の定義なんか、SMAPの歩いた後に勝手についてくるもの、という一時代を作り上げてしまったのだ。それが平成だった。

 SMAPがその歩みを止めたときには、最年少のメンバーでさえ、40歳まで残りひと月、という年齢になっていた。そして解散後の第二の人生にあっても、彼らはある意味ではそのアイドル性をいささかも失ってなどいないのだ。ついでに言うと、彼らの活躍のおかげで、とっくにアイドルをやめて歌手とか呼ばれてたはずの人たちが、おおっぴらに「還暦を過ぎてもアイドル」みたいな言われ方をするようにさえなったと思う。「R.E.M.にさえ影響を与えたRadiohead」みたいな話ですが。

 以上のようなわけで、第6版で『アイドル②』の定義は、『あこがれのまと。特に、容姿の・かわいい(かっこいい)若い芸能人』と書き換えられた。さらに第8版では、『若い』が外されてもおかしくないのではないか、というのが私の予測である。

 ただ、「男性アイドル」の高年齢化が進んでいたのと同じ時期に、「女性アイドル」のほうはかえって低年齢化していた(それこそ「十代の芸能人」という定義がより当てはまるようになっていった)、というのも平成という時代の特色であって、「アイドル=若い芸能人か」問題は、一筋縄ではいかない。大衆に根深く残る性差別、という観点も、考慮のうちに含める必要があるだろう。でもなんか頭が痛くなってきたので、このへんでやめます。

『①偶像』のほうの問題は、これでは単に由来となった英単語(idol)の元の意味だ、というところにある。原義を先に載せるのは、「三国」のポリシーではない。その上、「偶像」を引いたらなんと書かれているのかというと、①は神像・仏像のことで、これを「アイドル」の定義として然りとするのはみうらじゅんさんのフォロワーだけだろうし、②には『崇拝・信仰やあこがれの対象となる人。アイドル』と定義されている。『アイドル』に送り返されているわけである。『あこがれの対象となる人』というのが一応説明と言えば説明だけど、これは『アイドル②』とかぶるので、『アイドル①』の説明としては不親切と言える。別に参照せよと書いてるわけではないので、『アイドル』での記述を補う項目として『偶像』の内容を書いておく責任はないわけだけど、まぁ孫引きは一般的な行為なので。

 それで第7版ではどう改められたかというと、「偶像」というのは〔〕内の原語綴りのところに収納され、①には新たに『みんなが愛する人』というシンプルかつストレートな説明が加えられた。ふだんSMAPファンでもなんでもない私でも、いざ筆が及ぶと、何か不思議な力がこもって長々と語ってしまうというこの現象に、日本語における「アイドル」の本質があるわけで、実に芯を捉えた名語釈だと思う。

 

あいなかばする[相半ばする] (自サ) 4:2, 5:3, 6:3, 7:2

 第5版では、字詰めがすこし緩やかになったためか、用例として『「功罪―」』と書いているところの略号と閉じカッコ(―」)だけが次の行に送られる、という、なんとももったいない形で3行に増えた。しかし第7版では、〔文〕が削られた影響で、再び2行に収まった。語釈には変化なし。

 

あいなめ[(×鮎▷並)・(×鮎▷魚女)] (名)〔動物〕6:3, 7:3

 第6版での初出以来変化なし。

 

あいなる[相成る] (自五)〔古風〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第6版まで〔文〕だったラベルが、第7版で〔古風〕に改められた。第7版における〔文〕の差し引きとか、〔古風〕に変わってるとことか、いちど一覧にして基準を推測しなきゃな、と思う。

 

あいなるべくは[相成る(▷可くは)] (副)〔文〕4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第7版で品詞ラベルが〔連語〕から〔副〕に変えられた。

 

あいにく[(▷生憎)] 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 第6版で用例に『あいにく品切れです』というのが加えられた。それ以前からある用例は『おあいにくさま』というのなんだけど、いまの語感だと、ちょっと嫌味を込めた昔風のセリフという感じがして、せっかく載せてもらっても、扱いに困るかもしれない。昼の2時間ドラマとかでしか聞かないというか……。

 

アイヌ (名) 4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 第4版では『北海道・サハリンに住む』となっていたところ、第5版から『現在、北海道に住む』に変わり、第7版では『現在、北海道を中心に住んでいる』とさらに改められた。実態に即した改稿と言える。

 第6版にだけ、『⇒:えぞ(蝦夷)』という参照が引っ張ってあるのが気になった。『蝦夷』の項目を読んでみても、アイヌについての説明があるわけではなく、①には古代の東北~北海道に住んでいた人たち(えみし)のことが書かれてあり、②には北海道の古い呼び名(えぞ)のことが書かれてるのみである。わざわざ『アイヌ』から参照をつけることによって、「アイヌ=古代蝦夷」説に寄った語釈にしていたのではないかと思われる。しかしこれは、第7版ですぐさま削除された。どうしてこんなことが起こるのか?

 歴史的経緯から言って、アイヌは国際社会のいう「先住民族」の定義に当てはまるわけだけど、古代蝦夷に関しては、日本人(とくに東北人)とアイヌにとって共通の祖先の一部、くらいが穏当な理解であると思われる。「アイヌ=古代蝦夷」説を暗示するような参照は、本州人にとってアイヌが「古代から続く全く外部の敵対集団」であるとイメージさせる、いささか不穏当な記述であると言えるので、適切な処理だと思う。

 

あいのこ[(合いの子)・(▷間の子)] (名)〔俗〕4:2, 5:2, 6:2, 7:2

 ①に『混血(児)』を意味する『ハーフ』への参照が引いてあることでは変わらないが、『ハーフ』の方の意味分類の変更によって、従来『ハーフ③』だったものが第6版で『ハーフ②』になった。同時に〔俗〕ラベルが加えられた。

 私の語感だと、ハーフの人のことを「あいのこ」と言うのは、悪意とまでは言えなくてもやや疎外的、ぐらいのニュアンスのある言葉づかいだし、しかもひ孫がいるぐらいの年齢層の人しか使わないという感じがある。どちらかと言うと、「ラバはウマとロバのあいのこ」のように、飼育下の生物の雑種を指す語として使われるほうが一般的なんじゃないかと思う。しかし「三国」では、「雑種」と言い換えうる定義を語義分類としては立てていない。『混血(児)』という言い方に含めている、ともとれるけど。

 

あいのて[合いの手・▷間の手] (名) 4:3, 5:3, 6:3, 7:3

 定義が二つあって、①が『歌と歌とのあいだをつなぐ、楽器の演奏』、②が『〔話などの〕あいだに〈入れる/はいる〉音やかけ声』というものになっている。というところまでは変わらないが、用例の『合いの手を入れる』というのが、第5版まで①の末尾に付いていたのを、第6版から②の末尾に配置を変えている。どっちの用例としてもおかしくないから、別にいいと言えば良いんだけど。『①、②…のすべてに当てはまる』を示す赤い「▷」が無いのでちょっと気になった。

『歌と歌とのあいだをつなぐ、楽器の演奏』、と言われると、なんだかギターソロを連想してしまうのは、私だけだろうか。

 

あいのり[相乗り] (名・自サ) 4:6, 5:6, 6:6, 7:5

 第6版までは、①タクシーなどの相乗り、②複数のスポンサーによる『相乗り番組』、③複数政党が支持する『相乗り候補』、④『費用を出しあって、同じ運動をすること』、という四つの定義が書かれていたが、第7版では②が廃された。いまでは複数スポンサーの番組のほうが通常で、相乗りしててもいちいち言われない、という気がするし、残すとしても④に繰り下げだったろうと思う。

 従来④だった定義(第7版の③)は、『同じ運動をする』という部分が『事業などをおこなう』と変わり、適用範囲が広げられた。『官民相乗り・相乗り番組』という用例が加えられて、もとの②の意味の痕跡を留めている。なんかいいよね、こういうの。余韻、というべきか。ついでに〔俗〕ラベルも外された。